2012年5月と渋谷

5月中旬に、渋谷を独り歩いていた。


大麻解禁を訴えるデモが練り歩くのを横目で見る。



「大麻は覚せい剤とは違うんです!」



僕も、渋谷を街ゆく若者も。

「なんだろう?」

と一度見つめる。

警官に囲まれながら、音を鳴らしながら闊歩する、異様な集団を見つめた。

一度だけ。


そして、特に表情も変えず、彼らの訴えを咀嚼することもなく、また前を向いて歩いて行く。

手にもっているスマートフォンで検索したら、すぐ調べられるのかもしれない。

だけど、あまり自分の世界と関係ない出来事と思ってしまったのか。

別の世界で起きている訴えのようで、同じ日本語であっても耳に入ってこないようだ。



自分の気になる情報を貯めていたり、自分の文章や日記を書いているEvernoteで「デモ」と検索してみた。

その結果は僕の「デモ」に対する考えが、何かしらヒットするのだ。

去年の日記が引っかかった。

6月11日(土)
新宿はすごい人でした。
原発のデモが行われていたようだ。
だけど、デモは必要なんだろうけど。やっぱり目を背けたい。
引っ越しを強要するあのおばさんのように、独特のリズムで刻む原発反対ソングみたいのを見ていると。


そのパワーはもっと他に活かせないのかなあ?
でもそれしか正解は無いのかな?
何だろう。あれで世の中は少し変わるのだろうか??


大人では無いので、よくわかりませんでした。


あと、はるかぜちゃんがデモに対して噛み付いていました。

なんら参考にならないなあ、と1年前の自分を恨む。



その反対車線から、トラックが走ってくる。

巨大事務所のアイドルグループと日本一有名なプロレスラーが、幼い頃、冷蔵庫に貼って怒られた「ビックリマンシール」のキャラクターのようにデフォルメされている。

何かと話題の携帯ゲームの宣伝のようだ。

シールを貼って怒られるんじゃなくて、請求額で親に怒られる子供もいるのか?

これもまた、仕組みがよくわからないので、そのまま眺めて終わった。


広告トラックをしょっちゅう見かける。

読者モデルの代表みたいな人が広告塔に使われていたり、
高収入を歌った怪しい替え歌を垂れ流していたりする。

大抵、品が良い印象を受けないのだけど。

とにかく、目につけばOKって話なんだろうか。

何とも思わないでそのサイトを使おう、と思う人々がいるから、あんなトラックを走らせるのだろうか。


頭の中でぶつくさ考えている僕の横を、ホームレスの2人組が通り抜け、スケボーの少年が通り抜け、
太ももを露わにしたお姉ちゃんが笑いながら、残り香を残して去って行った。


僕は少し蒸し暑くなり始めた渋谷を、イヤホンをしながら歩いていた。



できて間もない「渋谷ヒカリエ」にその足で向かう。

平日の店内は、女性が多い。

マダムのような雰囲気の方が多いみたいだ。

まだできたばかりの建物ってのは、大体そういう客層からスタートするのかもしれない。



4Fの広場のような所から、渋谷の街を見下ろす。



「地図に残る仕事」


このコピーが目に入ってくる。

写真を撮ってみた。

大成建設のキャッチコピーらしい。



自分のした仕事って、何を残せるのだろうか。

この世に残る仕事をした人が評価されるのだろうか。

またぶつくさ考える。



僕が興味のある仕事。

さっきの広告トラックで街中を運転する仕事の人と、不動産の案内看板を持って路上にパイプ椅子を置いて座っている人の仕事に興味がある。

どんな気持ちなんだろう。

どんな気持ちで、街ゆく人を眺めているのだろう。


よくわからないけど、きっと心を無にするような、禅をやるような気持ちなのかな、なんて思っていた。

さっきから、ぶつくさ考える雑念ばかりの僕には、到底勤まりそうにない仕事だ。



イヤホンからiPhoneがランダム再生で音を流している。

さっきのアイドルグループのメンバーと昔付き合っていたと噂されていた、女性アーティストの曲が流れてくる。


「夏の星座にぶらさがって、上から花火を見下ろして」


去年の夏は、そういえば。

花火も中止になったし、お花見だって都知事が自粛しろだの言ってたな。

僕は仕事を辞める決意をして、今は色々あって仕事にありついて細々と生きている。

そうだ、人間生きてゆけるものだ。



銀座線で見る週刊誌の中吊り広告の内容はにぎやかだ。

お騒がせ女優が休業宣言をして、二股してプロポーズしていたお騒がせ俳優もいる。

コメンテーターも声を荒げることが実に容易な構図だ。



僕のiPhoneにも、いろんな情報がよく流れ込んでくる。

虚構を虚構だと伝えていたメディアが謝罪文を出して、大多数を相手に理解してもらうことの難しさを知って。

学費の寄付を募った日本一の女子大生も虚構であった、とネットは揺れて。

芸能人の母親が生活保護の不正受給を受けていることで、でテレビは揺れて。
鬼の首をとったように振る舞う政治家のやり方に、またネットは揺れて。

Facebookの友人達のリアルが大変充実していることに、僕は1人震えていた。



いつの間にか僕の忙しかった5月が通り過ぎて行く。

渋谷の広告バスもデモもうんざりするような数の他人も。

あっという間に通り過ぎて行った。



あー。

色んな事がある。

だけど僕は何一つ答えなんて出せない。

どう思うなんて聞かれても、どっちつかずなコトしか言えない。

だけど、そんな僕を、渋谷はそれでも良いと言ってくれてるような気がした。

2012年5月。僕は渋谷にいることを初めて良いコトだと思えた。