人生の儚さを教えてくれた浅野いにお「情熱大陸」

約2ヶ月ぶりの更新だ。

何だか、自分でもどうしようもなくて、自分のブログに全く目を向けたくなる時期がある。
それはきっと、心に余裕がないということなのかな。

ひっさびさに、はてなにログインしたら、アクセス数がいつもより多かった。

何かと思ったら、浅野いにおさん(以下敬称略)が情熱大陸に出て、そんでもって僕のブログの過去記事(浅野いにおが描く「うみべの女の子」の景色に思うこと)にヒットしたようだった。

といっても、この話も2週間くらい前なんだよすみません。


浅野いにお「情熱大陸」

ナレーションでは、「人の心を描くマンガ家」として紹介されたと思う。

彼の代表作はこのマンガ。

登場人物の心の乱れが描かれるマンガだ。

すごく売れているらしい。


おやすみプンプン 1 (ヤングサンデーコミックス)

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情熱大陸ではとにかくストイックにマンガを書き続ける様子が映る。

細身な体に少し緩い胸元の服。
一見、BUMP OF CHICKENRADWIMPSを連想させる、ファッションや髪型。
あまりコミュニケーションを得意としている人間とは思えない、しぐさや受け答え。
飄々としながらも、どこか繊細さを感じさせる、表情や言動。

彼の元へ大学生が雑誌のインタビューで訪れたときの、受け答えが映った。
そこには少々生き急いでいる漫画家とのんびりとした時間に身を委ねた大学生が対照的に映し出される。


インタビュー中に

「生きてて良かったって思うことってなに?」

浅野いにおが学生に逆に質問する。


少々回答に困った学生だったが、ある女の子が

「よく通っていた洋服屋さんの店員さんが異動になってしまい、お礼の手紙をあげたらとても感動してくれたこと」

というエピソードを語る。
本当に「ささいな幸せ」である。


浅野いにおはその「ささいな幸せ」を聞いて、こう答える。

そういう話を聞いちゃうと、もしかしたら僕っていうのはものすごく上昇志向が高いだけなのかもね。
何か常に一番になりたいと思っているんだよ。
正直なことを言うと、やっぱり成功したいし、お金もあったらあった方がいいんだよ、やっぱり。
何でも欲しい、全部欲しいの手に入れたいって言ってるんだよね。
何か最近そういう人があまりにも少なすぎるから反面教師でも何でもいいから、それを誰かに言うってことが大事なんじゃないかなって思ったんだよね。

文章にしてここだけ読むと、あんまり良い奴に思えなくなってしまうけどw
言葉を慎重に選びながら、彼は学生に話していた。

浅野いにおは「常に一番になりたい、何でも手に入れたい」
という上昇志向、まあ置き換えると欲望と言い換えていいだろう。
最近の若者から、欲望があまり感じられないという。
だから、マンガで欲望を満たそうと奮闘する、人物を描く。


何かに対してストイックであるということ


これは、浅野いにおだからというよりも、「情熱大陸」という番組の構成自体がそういう要素を
持っているのだと思うが。

1流とは、当然、上昇志向がある。
浅野いにおのような売れっ子漫画家でも同じだ。


情熱大陸では、世間が浮かれるクリスマスイブにも仕事をするシーン、同窓会でも途中で切り上げて東京へ帰るシーン、背景の1カットのためにわざわざ撮影に出向くシーン。


つまり、仕事へのストイックさによって、彼の表現はつくられている。
と制作スタッフは視聴者へ訴えかける。


人生を迷っている僕には、わからなかった。
僕は浅野いにおのような1流の人間になりたい。

浅野いにおのような、1流の人間に今からでもなってやろうと、死にものぐるいでやるのか?
それとも、同窓会で1流になった友達の成功を喜ぶ人生を選ぶのか?

ストイックに、ある事に力を注ぐということは、ある部分を失う、ということだ。
一流になるには、世間の楽しみや快感を捨てる、ということだ。


僕は元サラリーマンである。
普通の暮らしを普通の喜びを知った。
それは、どちらも楽しくて、どちらも辛いと思う。


僕は、これからの人生、色々なものを捨てられるだろうか??
友達の輝かしいFacebookでの幸せを見ながら、もっと別の幸せを探す。
果たして、そんな拷問に耐えられるのだろうか??


思想家の人のお話


少し前に、吉本隆明さん(以下敬称略)という方が亡くなったらしい。
吉本ばななさんすら読んだことない僕にとっては、誰それ?って感じでもあった。


吉本隆明が亡くなった

そんな時に書かれた極東ブログのエントリーがとても印象深くて。
といっても、内容が僕にとっては難しすぎて、この一文が全てなんだけど。

市井の片隅に生まれ、そだち、子を生み、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかこの世にあらわれない人物の価値とまったくおなじである。


これはどうやら、マルクス主義でおなじみ、マルクスさんについて書かれた本での吉本隆明の文章らしい。

カール・マルクス (光文社文庫)

カール・マルクス (光文社文庫)

マルクスさん誰それ?
無知な自分を嘆く。

Amazonのレビューを見たら、さも頭の良さそうな人達の文章で、「マルクスの入門書としてはおすすめしない」とか書かれているので、どんだけ頭が良く無きゃ読めないんだと、購入はあきらめることにした。

だけども、この1文。とっても興味があるテーマだ。

というのも、僕が色んな想い張り巡らせたことの答えのような1文だったからだ。


エキストラ論


吉本隆明の記事を読んで、思い出した事がある。
大学生の頃、深夜バスや青春18切符に乗ったりして日本を旅した。
海外もアルバイトで貯めたお金で少しだけ行った。


ふと疑問に思ったことがあった。


電車やバスから見える田園風景に見える人達。
僕は一瞬でその場を通り過ぎる訳だ。
恐らく、今後僕の人生に登場する事はない人物達だ。


彼らにも本当に人生があるのだろうか?
実は雇われたエキストラなんじゃないか?


こいつバカか?と思われるかもしれないが、こんな映画を見たばかりだったからだ。

トゥルーマン・ショー(通常版) [DVD]

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実は、彼は生まれたときから人生の全てを24時間撮影されていた。彼は「アメリカ合衆国公民」ですらなく、人生がそのまま「リアリティ番組」として世界220ヶ国に放送されていた。彼の住む街は万里の長城に匹敵する巨大ドームのセットであり、周囲の人物は全て俳優なのであった…。
wikipediaより

ある1人の男のドラマが生中継されている、というストーリーの映画。

とっても影響を受けていた僕は。


「世の中の人は皆、僕が主人公のストーリーのエキストラなんじゃないか?」


こんな発想があった。恐ろしい奴だ。


だが僕はそんなバカな考えに及んでいた自分よりも、恐ろしかったのだ。


自分ひとりの人生ですら、これほど悩み、葛藤している。
それと同じ、感情。
喜び、悩み、愛情、憎悪、苦しみ
それが個々人の分だけ、世の中に溢れている。


自分の人生ですらこんなに精一杯なのに。
こんなに情報量が多いのに。
世の中に星の数ほどいる人たちが、自分と同じようなボリューム感で苦しんでいるとしたら、
それはどんなに恐ろしいことだろう。


だれが、この僕の人生を、評価してくれるのだろうか。
もしも神や仏みたいな存在がいるといたら。
どうやって奴らは管理してるんだよ!
何TBのハードディスクがあったら、個々人の人生を記録して確認できる??


こんな風に、田舎道を走る電車で思った覚えがある。
(確か佐賀あたりだ)


あの、遠くに見えている、田んぼの稲刈りをしているであろうおばあさんは。
僕が通過する時のために、早めに集合したエキストラか、
大道具のスタッフが用意した、ハリボテであって欲しい。

心からそう願った。


人生をダイジェスト版にするという贅沢


話はまたも変わるが、近年まれに見る熟女ブームであると思う。
ブームの火付け役といっても過言では無い、ピース綾部さんが


「熟女のキスは濃さが違う」


といった主旨のことを言ってたような覚えがある。


僕も熟女と言うか、年上の女性はすごく好きだ。
最近気づいたのだが、要は年数が経っているものに興味がある。


だから熟女に限らず、おっさんとかも好きだ。(変な意味でなく)

ちょっと仕事の絡みで知り合ったような、おっさんの話を聞いたとする。


「今、こんな仕事をやっていて、まあ3社くらいわたり歩いたんだけど。。。」


なんて話を聞いたら


ウホッ!3社も!
それって、どんな会社なんですか?
そこにはどんな経緯がどんな心境の変化があったんですか?
だから、さっきの打ち合わせでああいった視点からのコメントがあったんですね??


なんて、聞いたりしちゃう。
人に対して、人生の経緯を聞くのはとっても贅沢である。
その人の人生をダイジェスト版で振り返るということだ。


海外で活躍する選手のスポーツ中継みたいに、ダイジェストで振り返る。
イチローの打席だけ、香川のアシストシーンだけ。
本当は1試合、2時間くらい見れば、もっと細かい所まで追える。


イチローが際どいボールをカットして粘るところ
香川がボールを持ってないときの動き出しやボールのもらい方


ただ、それでもすべての要点を追えるかというと難しい。
スポーツの1試合ですら、ある選手を完璧に理解することができないのなら。
他人の人生なんて、絶対追えない。
どんなに頑張ったって、全てを理解できる訳じゃない。


だから要点を聞く。ダイジェストでまとめてもらう。
その人の人生を想像するってのは、とても面白いし贅沢だとも思う。
どういった心境や状況の変化があったから、今に至っているのか。それを聞きたい。


それは人の人生を覗き込めるチャンスでもあり、
自分の人生が星の数ある人生のひとつである、と知るせつない行為でもあると思う。


そこでわかるのが、冒頭のピース綾部さんの発言だ。
今までの人生を凝縮したのが熟女のキスなんだ。
ダイジェスト版のキスはさぞかし濃いだろう。(よう知らんが)

体験したことはないが、なんて贅沢なんだろうか。
俺は定職にもつかないニートなのに、何を書いているのだろうか。


「普通の人」であることの価値


まあ、だいぶ本題から逸れたんだけど。。。


浅野いにおは、この時代にフィットした感性と表現力で、多くの若者を元気づけている。


情熱大陸では、真摯な姿勢で仕事に取り組む努力家であることが伝わってきた。
最後に、震災後の東京とそこで生きる人について、というテーマで情熱大陸用にマンガを書いた。

タイトルは「日曜はいつも曇り」
主人公は30代の独身女性?だったと思う。
震災後も何となく続いて元に戻っていく日常について、主人公の想いが、少しネガティブに、つらつらと語られていく。
とても浅野いにお”らしい”、この書き下ろしマンガについて、本人が最後にこう語っていた。

仕事の忙しさに助けられてるみたいな話をしたでしょ
多分ほとんどの人がそうだと思うんだけど
働いている人のね
それが すごく良い事だよなと思ったの
何かいろいろ含めて
だってさ 休みのときにさ
今後の自分の将来の話を考えてもさ
しょうがないじゃん きっと
そうやって無駄に悩むよりも
とりあえず目の前の仕事をね
忙しいって理由だけで次々こなしていくだけの日々っていうのも
何かそれはそれでいいなって思うんだよね


僕の中でまた、吉本隆明の言葉を思い出す。


情熱大陸に取り上げられるような人達は。
少なからず、市井の人間よりも間違いなく「価値のありそうな人生」だと思う。
数多くの人に影響を与えられる可能性がある人で、世の中的に名を残すことができるからだ。

ただ、これは僕の想像でもあり、希望なのだが。

浅野いにおはマンガ家として成功している自分の人生も、街中に居る普通の若者の人生も。
きっと、天秤にかけられないと思っているはずだ。

だから、彼の表現は、僕ら市井の人間の悩みや葛藤に寄り添うことができる。


マンガに出てくる登場人物は、みんなものすごくネガティブで。
そのネガティブさは本当に奥深くて、だけども。
人間が少なからずもっている感情である。


浅野いにおのマンガの主人公は普通の人間であることを嘆きながらも。
その毎日の中で新たな希望を見つけて行くのだ。*1


浅野いにおのマンガは、僕ら普通の人間にとって当たり前で、リアルで、心をえぐる。


今回の放送を見て。


時代としては、震災後にもう一度自分を見つめ直す事になって、改めて気づいた。
個人としては、会社を辞めて「社会」から少しはみ出してみて、改めて気づいた。


世の中の人がみんなエキストラだったら、と思っていた僕は気づかされたのだと思う。
自分のちっぽけな価値に。


誰かの人生と自分の人生を、天秤にかけて比べることはできない。

だけど、誰かの人生と天秤にかけないと、自分の価値の重さがわからない。

自分が何であるのか、迷いながら生きていると、自分の価値の重さがわからなくて困る。


浅野いにおの表現は。
自分に自信の持てない日々を過ごす人の毎日を。
それで良いんだ、と認めてくれる。
そんな優しさがどこかにあるのかもしれない。


それで良いんだ、と力を抜く人生にするか。
いや、まだまだ、と全速力の人生にするか。


僕は、どうしよう。
皆さんは、どうしますか?

性懲りも無く4月が始まろうとしている。*2

*1:書いてて気づいたけど「おやすみプンプン」は希望があんまり見つかりづらいかも・・・

*2:折角だから、明日から社会に出る4月の新入社員さんに、こんな迷いに迷ったニートが順風満帆の会社員だった頃に書いたエールを送っておこう。[http://d.hatena.ne.jp/yumesalary/20110403/p1:title]