こんな時代だからこそ「文明の子」を読みたい

文明の子

文明の子

太田光さんの「文明の子」を読みました。


面白かった!!

前作の「マボロシの鳥」も読んだんだけど、あんまり記憶に無かったりするのですが・・・

今回は、どんどん引き込まれて、とても記憶に残る内容でした。



太田さんが向き合ってきた様々な仕事


太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中

爆問学問

爆チュー問題

憲法九条を世界遺産に

爆笑問題カーボーイで話していた『イシ 北米最後の野生インディアン』の話とか


そこで発していた言葉や思考を総まとめしたような、繋がりも感じられました。

というわけで、簡単な感想を。


どんな内容?


短編の小説が続いて行くんだけど、それが大きな物語と繋がっていく。

ネタバレにならないように書かないけど、個人的に好きなのは下記の話。


「ツーキッズ」「ダーウィン」「出来そこないのヒーロー」「彩られた羽」


「ツーキッズ」に子供が出てくるんだけど、震災直後によく見たACのあの男の子で脳内イメージしていた。


人間も他の生き物も男性も女性も父親も母親も子供もロボットも。

この小説に出てくる登場人物はたくさんいる。

バラバラな話を何個か読んでるうちに、ふと気づかされる。


みんなに共通するテーマが「想像力」だ。

登場人物はみんな「想像」している。

自分の知らない世界を「想像」している。


「コミュニケーション能力」×「想像力」


小説を読んでいる途中、ふと手を止めた。

ああ、この登場人物達と比べて、自分の暮らしはどうなのだろうか。


「想像力」っていうと、アーティスティックな言葉の印象がある。

数少ない、天才にしか与えられてないような力、そんな風に思ってしまう。


自分はどういう時に想像するかな?

そう考えていたら、コミュニケーションする時だ、と思った。

コミュニケーション(英: Communication、交流)とは、複数の人間や動物などが、感情、意思、情報などを、受け取りあうこと、あるいは伝えあうこと。

[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3:title=wikipediaより
]

今の時代を生きる人にはすごく当たり前の能力だ。

感情、意思、情報を受け取りあう、伝えあうために必要なのは「想像力」だと思う。

つまり、現代人はみな「想像」しているのだ。


たとえば「仕事」を例にとってみても。

文明が発達することで、機械化される仕事がたくさん増えている。


そんな中で人間ができる仕事は、ロボットにはできないこと。

感情を受け取りあうことや伝えあうこと、つまりコミュニケーションが仕事になった。


コミュニケーション能力が〜うんちゃらかんちゃら

ってのは就活の時、腐るほど聞いた言葉である。

気持ち悪い言葉だな、って思ってたけど、社会に出てみると、結構大事なのだ。


それはどんなにシステマチックに落とし込まれていても、発生する。


コンビニのレジ打ちだって

コールセンターの電話担当だって

システムエンジニアがプログラミングすることだって


一見、単純作業のように感じるけど、コミュニケーション能力が必要だ。


コンビニで1リットルの紙パックの麦茶を買ったら、ストローをつけるかどうか確認する

コールセンターに自社の携帯電話の解約を迫る電話が来たら、理由を聞いて、それを解決できる別のプランを提示する

システムエンジニアでも全体のスケジュールを考え、先方の考えを営業とヒアリングをして、自分のチームの開発スタッフの動向を見ながら、きっちりと段取りを組んでから、先方への仕様書を作成する


昔に比べたらやり過ぎなくらい、仕事において求められるレベルは高くなってるのだろう。



相手へ伝えたものを受け取ってもらいたい。

相手が伝えてきたものを受け取らなくてはいけない。

そのためには

どんな言葉で伝えれば相手が動いてくれるのか?

どんな気持ちで相手が伝えてきているのか?


想像しなければならない。


どんなことに不満を抱え、どんなことで満たされているのか。
どんな人生なのか、どんな時代に生まれ育ったのか。


独身男性だからこう考える?
団塊の世代だからこういう拘りがある?
お客さんは納期を重視する?それとも価格を重視する?
昨日イライラしてたから今日は伝えない方が良い?
西野カナが好きだから青山テルマも好き?


想像して的確に相手を見抜くのはとても難しい。

長年連れ添った夫婦だって、どこまで見抜けるのか、意思が通じ合っているのかなんて、あやしいところだ。

伝えるのは難しい。つまり想像することは難しい。

日常は、そんなことの繰り返しだ。


太田さんの意外な一面


おどろくほど人に自慢できる話が無い自分であるが。

ひとつだけ、嬉しかった思い出がある。

中学2年の時、爆笑問題のラジオでハガキを読まれたことがあるのだ。

確か、「太田が考える」ってコーナーで。

その週のお題は「なぜ、豆腐はうまいのか?」だった。

僕は戦国時代が好きだったので、

「信長の草履を秀吉がふところで温める逸話」を勝手にアレンジして、

それをみた明智光秀が真似をして、自分の懐で温めた湯豆腐を信長に出して怒られる話。

という内容で書いた。


田中さんも笑ってくれたし、他にも散らばせた笑いは、ねらい通りのところでウケた。

だけども、あまり思い出せないが、一カ所だけ、ねらいと違うところで笑いが起きたことを覚えている。

それが妙に恥ずかしかったのを覚えている。

14歳の想像力は、戦国時代の嘘エピソードを想像できだけど、ラジオの現場の雰囲気までは想像できなかったのだ。



かれこれ、15年近く爆笑問題のファンだ。

だから、「太田光」を理解しているつもりだった。


「文明の子」で一番気に入った、そしてやられた話がある。


それが「出来そこないのヒーロー」である。


ニュースキャスターの柴田と、その息子の話。
きっかけはワイドショーでも話題になった、中国のディズニーランド風なテーマパークの話を柴田がニュースで取り上げるところから始まる。

その後の展開がすごく面白い。。。ので是非読んで頂きたい。



で、僕がやられたところ。

それは、柴田と息子の心理描写とその表現だ。

テレビで見ている、太田光という人物は破天荒で空気が読めない、友達がいなかった文学少年、そんなイメージがある。

少なくとも15年そうだったんだけど。


だけれども、そんな太田さんが「出来そこないのヒーロー」では一般的な家庭の親子の心理描写を書いている。

気持ち良いくらい、的確に書かれている。


太田さんの「想像力」は僕らには思いつかないような、すごい世界の話を書かせてしまう。

そんな太田さんは知ってたけども。

日常生活の親子の葛藤も書けてしまう太田さんは知らなかった。


ちょっと観点がずれているかもしれないけど、僕はそんな部分にいたく感動してしまった。

僕の「想像力」を太田さんはゆうに超えてしまう存在だったのだ。


太田さんが未来に伝えたいメッセージ


太田さんはインタビューで文明の発展=原発と位置づけている、ようなことを言っていた。

今の日本は、震災以降みな恐怖心がベースになっているところがあると思うんですよ。福島で放射能の恐怖にさらされ、毎日ニュースを見ながら怯えている人たちがいる。その最中に、ヒステリックにもう日本には住めるところがないんだとがなりたてる表現者が現れる。そういう意味で一番許せなかったのは東京電力でも政府でもなくて、同じ表現をしている人間がいとも簡単にそう言っていることがとっても嫌でしたね。俺はそういう見方はしたくないなと。

文明を肯定しにくい今の状況下で、なんとかポジティブに捉えられないだろうか、自分の中の思考実験というか、挑戦してみようかなという思いで今回の作品を書いたんです

爆笑問題・太田光が語る最新小説『文明の子』のすべて

某作家がただ否定した文明に対して、自分はポジティブに捉えられないか、というテーマがあったという。

それは過去の先人達や歴史に、どういう紆余曲折があって、文明を発展して来たか。

彼自身が「想像」して敬意を払っているからなのだろう。

憲法九条を世界遺産に」でも、「憲法九条」を宮沢賢治の世界感とつなぎ合わせて、
日米合作の憲法を、ポジティブに捉えていた。

まさに「想像力」が為せる内容だった。



「文明の子」では。


ネズミが鳥の羽に憧れ、犬は人間の世界の広さに憧れ、人間は文明の発展に憧れる。


僕は、新しい世界を渇望して、自分の見ている世界がなんて狭いんだろうと、嘆いている登場人物が好き。

自分の世界を変えたい。新しい世界を見たい。

それは決して恥ずかしいことではない。

身を滅ぼす危険性があるけど、それは生物の本能だ。


これからの世界や日本は、より混沌としていって、己で決めていかなくてはならない時代になってきているのだと思う。

明確なモデルが無い中、どうやって決めなくてはいけないのか?


そんな時代に「想像力」の重要性を。

今だからこそ、読む価値があると思う。

太田さんらしいポジティブさを感じれる作品だった。