父親から学んだ「普通力」

僕には父がいる。

それは当たり前か。

だけど僕は父の事を、あまりよく知らない。

あえて知らないふりをしていたのかもしれない。

生まれた時からいないとか、そんなエピソードではないんだけど。


  • 「普通のレール」に乗っている僕の人生


僕はいま、「普通の」サラリーマンをやってる。

なぜか歌の練習もしている。

そして、今日でブログを書き始めて2周年。

おいおい、まじで進んでないな・・・

それは今回、置いておいて。


なんでこんな人生を歩んでいるのだろうか。

そんな事をふと思う瞬間がある。

まあ、考えてみると、父親が原因なのかなと思う。


僕は他の「普通」の人より「普通」にこだわってきた人生であると思う。

中学→高校→大学→企業へ就職

「普通」のレールに乗ってきたと言っても過言では無い人生だ。

これは明らかに、父親の影響だった。

僕がレールに乗る前、小学生時代に父親にある変化があったからだ。



  • 父親の変化


父親は生まれてから、僕が小学生になるまで家に居た。

僕の父親は、有名私大を卒業して大手企業で働いていた人だ。

世の中的にみたら、時代の主流を行く人だったんだろう。

そんな父親が、僕が小学校に入りたての頃、はっきりとした時期とかは覚えていないけど、忽然と家から居なくっなった。

別に蒸発したわけじゃなかった。

母親からは「お父さんは単身赴任でお仕事の為に行ってるのよ」のようなことを言われたのを覚えている。

父親が居ても居なくても寂しいとかそんなに思ったことは無くて。

「少年野球の試合に自分の父親だけ一度も見にきてくれなかった」ことが寂しい思い出だった。



ある日家に変化が訪れた。

怪しい「祭壇」のようなものが急に現れた。

当時ドラクエにハマっていた僕は、「ダーマ神殿」かと思った。

まだレベル20なんて程遠い僕は、なんじゃこりゃ?と思った記憶はある。



どうやら父親は「ある神様を信じ込んでしまった」のであった。




小学6年生くらいの時に、オウム真理教が話題になった。

小学生は単純だ。

多分、今で言ったら小島よしおの一発ギャグのように、モンスターエンジンの神々のコントのように。

オウム真理教は自分たちの笑いの中の一つとなっていた。



僕は、友達に父親の事を言った事はなかったが、その輪の中に入ろうとは思わなかった。

座禅を組んで、必死に飛び上がる芸をする奴や、秘密基地の事を第◯サティアンと呼んだりする奴、「ポアしてやる!」と言う奴。



本当はやりたかった。

僕だったら、もっと面白く使ってやるのに。

そう思っていた。

だけど、何かがひっかかって、心から笑えなかったのを覚えている。


多分、「何かを盲目的に信じてしまう人達」が自分の父親と重なったのだろう。(オウムとは関係ないが)

だからそのネタで笑いを取ることができなかったんだと思う。



収入が相当落ち込んだ我が家は、母親がパートを始めたりと、変化があった。

母親は父親の仕事とは一定の距離をとっていたように感じる。

父親も半年に一度とか、それくらいのペースで帰ってくるというのが続いた。

唯一、父親を尊敬している所であるが、父親は、子供に「神様」の教えを押し付けるような事はなかった。


  • 「普通」を目指した僕の人生


中学に入るとようやく、何となく状況がわかって来た。

僕は「普通」をドロップアウトしてしまった、そんな父親が嫌いになった。憎かった。

こんな暮らしをしていたので、物心ついた時には、如何に「普通」になってやるか、そんな事ばかりを考えていた気がする。

今考えれば、変な野望だ。

僕の中で目指した「夢」は「普通」になること。

つまり平均的で、社会的にみてまっとうな存在であることになったのだ。



振り返ってみると、僕の人生はプラン通りである。

中学→高校→大学までは良かった。完璧だ。



だが、「社会人」という駅に止まって初めて気持ちが揺らぐ。

今までの通り、テストがあったり、面接がある。

RPGの攻略本のようなモノがあれば突破できた学生時代とは違う。

ある程度の答えや点数が用意されているものではない。


自分で決めた満足のラインで、幸せかどうかが決まる世界。


僕は就職活動の時に相変わらず「普通」を目指していた。

文系だと、大抵最初は営業か事務系の職種だ。

じゃあ、そんな中で飽きない仕事が良いなと思った。

同じカタログからモノを売り続けるよりも、新しいものを作り出すことのできるメーカーが良いと考え、就職が決まった。


働いてみて思ったこと。

「働く事によって自分が何を満たされる人間なのか?」

その視点が欠如していたことだ。



もし、幼い頃から裕福ではない家庭だったら、お金がたくさん貰えることで満たされるかもしれない。

僕は安定した給料がもらえる環境には満足した。

当然、他の人に自分の仕事を躊躇なく話せる事にも満足した。



だけど、仕事をする上で、とても重要な要素があった。

自分がした仕事が世の中にどういった影響を与えるのか。

「普通」であるということを目指して。

その視点について全く考えた事がなかったのだ。

僕は、2年目の終わりくらいから、人の感情に訴える仕事がしてみたいと猛烈に思い始める。

これは説明できない、何か受け継がれているものがあるのだと思う。漠然と。

  • 父親があってのチャレンジ

悔しいけど、父親の存在がある。

父親は小さいコミュニティの中ではあるものの、人に影響を与える仕事をしているのだ。
(それが良いコトなのか悪いコトなのかの議論はさておき)


彼の仕事については知らないように生きてきた。

正直、知りたくもない。

だけど、きっと、人の人生を良い方向に導くようなありがた〜いものなんだろうと思う。


彼のやる仕事のように。他人の人生の方向性を全て変えるなんてできやしない。

だけど、別に神様なんて無くても、ちょっとはプラスの方向に変えることができないだろうか。

こんな時代だから、なおさら。



僕は、そういった事をやった事が無い。

人の気持ちを動かすってどういう事だろうか。

喜び怒り哀しみ楽しみ。

とりあえず、誰かにそういった感情の変化を与えてみたい。


今の仕事は、当り前のものを作って、納品する。

この素晴らしさや大変さは、十分学んだ。



だから今更遅いと言われるかもしれないが、25歳から無謀なチャレンジを続けている。




で、父の日ということで。

今週のお題は「お父さん、ありがとう」だそうだ。

父親の事は、正直未だに認められていない。

言われてみりゃ、ありがとうなんて言った事無い。



ただ、自分も人生において悩み葛藤する中。

彼のチャレンジが凄い事なのだというのを、実感できたのだ。

今まで作って来た「普通」や「社会的」というものをすべて捨てた、ピュアな人だと思う。

それがわかるようになって、僕は父親をほんの少しだけ、認められるようになった。

よく、そんな過酷な道を選んだな、と尊敬すら覚えることもある。



だからここでお礼を言いたい。

ありがとうございました。



そして、あなたが決断した道より、過酷そうな道を。

今、息子が行こうとしている事を許してくださいw