少し止まってるように見えて、本当は進んでいる。

皆さんは「歩み」を始めた、立ち上がった時の事は覚えていますか?

自分では覚えてないですよね。


「子供」の場合。

もし我が子が初めて立ったら


嬉しくて我が子を抱きしめてしまうかもしれません。


「アニメ」の場合。

クララが立ったら

ガンダムが大地に立ったら

エヴァンゲリオンが起動したら


人はそのシーンに感動するかもしれません。


「自立」の場合。

初めてアルバイトして給料をもらったら

一人暮らしを始めたら

終電を逃してタクシーで帰ったら


人は「大人になったなあ」と認識するのかもしれません。


「エッチな話」の場合。

僕の時だったら、「ギルガメッシュナイト」を見たとき

今だったら、初めて「恵比寿マスカッツのお姉さんたち」を見たとき


人はそのムズムズ感を忘れないでしょう。



という訳で、1週間前の5月8日。5月の休みが終わってしまう日に。


大仏は初めて、大地に立ってきた。


駅前で歌ってみたのである。


停電により、公園で練習できないので、明るい場所を求めて。


路上ライブって、今までの人生で、自分は一回も立ち止まった事ない。


やってみてわかったこと。


誰も聞いてないわけじゃないんだ。


BGMとして聞く人はいるみたい。近くに座りやすくなるというか。


だけど、すっげえ緊張した。当たり前だよなあ。素人ですから。

酔っぱらいのおばちゃんの前でしか歌った事ないんだから。

だから下手くそなりにも、ミスができないプレッシャーがあるのが、とても良い経験になった。


リラックスして歌えれば、もっと声が出るんだけど、ミスを怖がると縮こまっちゃうなあというのもあるし。




休みの日が終わる時に、どうしても歌いたかった曲。



1年前より、良くなったかな?


「休みの日」は、30代OLさんらしき人が遠くから聴いてくれた。



その後は若者も。25才だというから、一個下だね!

すごく良い人だった。よくぞ、こんな大仏に声をかけてくれた。

本当にありがとうございます。



調子に乗って若者に写真撮影をしてもらう大仏


一緒に記念撮影




大人になるってのは、失敗をしてリカバリーをして、大人になっていくんだと思う。

初めて歩いたとき、転ばない人間はいるのだろうか?

もし転んだら、次は転ばないようにどっかに「つかまり立ち」をする。

バランス感覚を得て、慣れてきたら、手を離して歩く。また転ぶ。

その繰り返しだ。

僕の25歳から始まった、大それたチャレンジは、ようやく「駅前に立つ」というところへきた。

だけど、早速転んだ。

帰ろうとしたら、僕なんかより全然上手い人が、歌っていた。

同じ場所で、どうしてここまで伸びやかな声が出せて、自分で曲も作って。。。

そこには圧倒的な差があった。

だけどそれは、立ってみないとわからなかったこと。

転ぶのが怖かったんで路上で歌う事をためらってたけど。

結構、街は温かかった。

すごく良い経験をしました。

この経験を活かして、じゃあ次はどうすれば上手くいくのかな?

シンプルに考えようと思った。

失敗をするのは、恥ずかしい事だ。

今でもそう思う。

大仏のマスクをつけた変人が、日曜夜の駅前で歌っていたら、ちょっと怖い。

自分がやってたかと思うと、恥ずかしい。

だけど、もしかしたらほんの少しだけ、人を笑顔にする事ができるのかもしれない。

その可能性があるなら、もっと練習しなくちゃと思った。


今週のお題「大人になったと感じたとき」


「サラリーマン」として、大人になったと感じたときはたくさんあった。

「歌手」としては本当に、一歩を踏み出してこけた感じ。

まだハイハイかもしれないし、寝返りかもしれない。

ただ、大人になるために色々努力して行こうと、決意を決める良い機会になった。