「これからの正義の話をしよう」「あー、すみません。うち、もう間に合ってますんで。」

今週の頭に、歓送迎会で酔っ払いあまり記憶が無く、目覚めた朝。

6時ごろ。頭が痛い。

そんな中で、目を覚まさなきゃと思い、はてブをぼんやり眺めていた。

計画停電の不安感を利用して、社長さんに、たっかいサーバーを売りつける。

そんな記事が印象に残った。


計画停電が首都圏のITを揺さぶる(2)...無知を食い物にするモノたち
http://konozama.jp/amazon_devil/2011/04/it2.html


簡単にまとめてみる。

1.若い営業マンが高いサーバーを社長さんに提案する。

2.社長さんが筆者(エンジニア?)に相談。

3.筆者が内容を聞いて、契約を辞めた方が良いと判断して、社長さんに助言。

4.若い営業マンの先輩が筆者の知り合いだったため、交渉。

5.先輩営業マンが社長さんの会社に見合った内容での提案に切り替えて一件落着。

6.後日、先輩営業マンより、口出ししてきた筆者へ少しだけお説教。


こんな流れかな。


葛藤する、筆者。
こんな状況につけ込んで、無知な社長さんに高いもの売りつけるなんてどうなのよ?というスタンス。


筆者の先輩にあたる営業マン。
(結論はちょっと違うけど)基本的には、それも営業としてはしょうがないというスタンス。



自分も営業マンのはしくれ。
考えてみた。
疲れた。難しいよう。

「無知を食い物にする。」

これは悪なのか?
なんだか、似たような話を聞いたことがあるなあと思い出す。


ああ、そうだこの本だ。



これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学



流行っているから読まなきゃ、という社会人っぽい行動をした自分を恨んだのは、もう半年も前の事。
思い出してみた。
疲れた。難しいよう。


簡単にまとめてみる。


1.ハリケーンがくる→電気止まる→ものが壊れる。

2.冷蔵庫が止まるもんだから氷が必要になる。
雨風をしのぐために屋根の修理も必要となる。

3.そこへ業者が登場する。

4.その業者は修理費、材料費、食材等。法外な値段で売りつける。


5.そんなのいかん!という人たちの存在
実際、フロリダ州でハリケーンが起こった時は、州の司法長官が値上げ行為を阻止するため、
便乗値上げ禁止法を執行した。


6.いやいや、それは市場に見あってないよという人たちの存在
需要と供給のバランスを考えたら、それは当たり前のこと。
もっと自由にやらないといけないよ。という自由主義者。通称リバタリアン



ここまで書いていたけど、この先がまとまらない。
とてもわかりやすい解説を見つけたので、引用させて頂きますありがとうございます。
東北地震前に書かれた記事だけど、今読むと興味深い。



♪いぬいぬいぬいぬねこねこねこねこ♪日記
http://d.hatena.ne.jp/kick_ass_1978/20110213/1297609476

ところが、一部の経済学者はその便乗値上げ禁止法や住民が怒るのはおかしいと論じていたと。自由主義者たちはこう考える。オーランドで氷が高く売れるってんなら、製氷会社は氷を増産するだろう。市場の供給が増えるから、価格は下がるはずだ。早い話が、価格ってのは需給のバランスで決まるもんなんだから、「不当な価格」もなければ「公正な価格」もないということですなあ。

この章を読んで、私の頭に浮かんだのは、「阪神大震災の時に、便乗値上げはあったのかいな?」だった。ハリケーンと地震は自然現象としては別物だが、被害の内容は似ている。家や建物が壊れる。物資が不足する。ライフラインが寸断される。などなど。

ネットで調べると、どうやら一部では便乗値上げはあったようだが、大きな問題になるほどではなかったようだ。ダイエーは中内功がいち早く生活物資を定価で販売することを決めて対応したということです(これが他の便乗値上げを防止したという側面もあるのかも)。

日本には、災害に乗じて商売をするのは人倫にもとると考えた人が多かったわけですが、アメリカにはそういう商売をして何も恥じることはないというリバタリアン(自由が大好きな人たち)も一定数いた。でだ。この差は何?と思いませんか?

お金を稼ぐこと、経済的な成功を収めることに対しての考え方の違いみたいなのはあるのかもしれない。アメリカでは経済的な成功を収めた人は、そうでない人々に多くの羨望といくばくかの妬みを、日本では多くの妬みといくばくかの羨望を抱かれます。日本人は、金持ちは強欲、守銭奴というネガティブなイメージを持ち、アメリカは金持ちは成功した証というポジティブなイメージを持つ。

成功することを重んじる国なら、儲けられるときに儲けて何が悪い、ということになってもおかしくはないのかもしれません。あとはやっぱり、自由が好きってことですかねえ。


なるほどー。
日本とアメリカだから単純に比較するのは難しいけど、考え方の違いは大きいよなあ。

これ、どっちが正解かって話は本に載っているんだっけ?
結論はちゃんと覚えてない。
だめじゃん。。。



非常事態に発生するビジネス。
会社で聞いたけど、仮設住宅とかを作るような建築メーカーの売り上げがめちゃくちゃあがってるみたいな話もある。
これは被災地で役に立ってるから良いんだけど。

日本人はそもそも、直感的に他人の窮状を食い物にする嫌悪感がある。


例えば、親が亡くなって葬式をするケース。
葬儀屋がどんどんオプションで金額を乗せた見積もりを出すけど、なかなか断れないよね。
なんてセリフを吐ければ、日本では立派な「大人」の仲間入りだ。


葬儀屋に対する不満は日本人特有の「親への想い」で相殺されて、笑い話になり得るんだけど。

家族が大変な時に、どんどん高額な請求をしてくる葬儀屋どうなの?って多くの人が思っているはず。


今回の話も根本的には同じ思いが、筆者にはあったのだろう。


仮にこの話の若手営業マンのように提案をして、「大仏さんに今回はお願いしちゃう!」
なんて営業冥利につきる指名をいただいたとしよう。

そしたら、利益30パーセントくらい乗っけて、見積もり出したいよね。
松・竹・梅のパターンがあるんだったら、一番高価な梅を提案したいよね。

若手営業マンの気持ちはわかる。
というか、この若手営業マンはあんまり深く考えてなくて、会社で言われたままに提案していたんだろうが。


ただ僕の場合は、ある大企業に対して営業している。
ちょっと、こういうケースは発生しにくい。
理由はライバル会社がいっぱいいるから。

SaaSなのかASPなのか自社サーバーなのか知らんが、とりあえず全部提案する業者が現れる。
そして発注担当者もそれなりに賢いから、比較する。


下手なことやってると、後からばれちゃって、次のお声がかからなくなるよなあ。。
と自分に落とし込んでみると思った。




確かに、会社としてやっていくには、この計画停電は明らかにビジネスチャンスである。


筆者が言うとおりで、非常事態を営業トークにして、顧客に見合わない高いサーバーを売りつけるのはよくない。

ってのは正解だ。

先輩の営業マンさんの言うとおりで、甘っちょろいお前(筆者の方)の正義なんて振りかざしてるんじゃねえよ。

ってのも至極正解。


どっちが正解なの?


答えはないよな。
お互いの立場が違うし。



個人的には一つだけ答えがあった。

営業マンとして、この話を読んでみて。
筆者の意見に賛同してしまった自分。

つまり甘っちょろい自分の正義を振りかざして、会社のチャンスをつぶしかねない、
自分の営業マンとしてのプロ意識。


これは不正解なのだろう。
というか営業に不向きなんだろう。


最近、友人がこんな感じの商売に手を出し始めて止めてみようと試みたけど。


それってまさしく「甘っちょろい自分の正義」を振りかざしていただけなのかな。
と、少し胸が痛くなったのであった。


利益がどうのという世界から逃れるには、お坊さんにでもなるしかないのかな。

そんな風にまたひとつ、サラリーマンである意味を考えさせられた。


とか書いてたら、昨日の夜、NHKで「これからの正義の話をしよう」の著者、サンデル教授が授業をやってた。
日本には来てくれなかったみたいだけど。

マイケル・サンデル 究極の選択「大震災特別講義〜私たちはどう生きるべきか〜」

3月11日、信じがたいような大惨事に見舞われ、かつてない試練に直面している日本。
マイケル・サンデル教授が、新たな指針を探り、世界の人々とともに日本人を激励する。

日本人は学生と芸能人(高畑淳子さん・高橋ジョージさん・高田明さん(ジャパネットたかた社長)・石田衣良さん)
上海とボストンの学生も参加。
TV会議のような形と同時通訳で、サンデル教授が意見をどんどん聞いていく。


ずいぶんと、日本人最高!的な流れだったけど。
略奪も便乗値上げもなかったと一方的に決めつけて日本人の国民性を賞賛。
世界レベルでみると日本人の国民性は異質で、改めて評価してもらえたということか。



そうだった。前の本を見たときのことを思い出した。
サンデル教授が言いたいのは明確な答えではないのだろう。


各個人がどう考えているかが重要なんだった。


原発問題とか、国家間の関係とか、個人と共同体とか、これからの正義とか。


今回の一連の地震騒動というのは、自分の考える軸を試される事が多い。


何となくでも良いんだけど。


上海やボストンの学生達が

「I think~」

挙手してから意見を述べたように。


自分の意見をもって話せる。
そして価値観の違う、他人の意見もしっかり聞ける。


そんなコミュニケーションの基本を、グローバルな視点で、サンデル教授は体現していたのだった。


TwitterやらFacebookやらmixiやらで自分の意見を発信できる今。
日本人は、自分なりのスタンスを表明していく必要があるのだろう。


考える事をやめていた、「これからの正義」について。

タイトルのように、家のチャイムを鳴らしてきた、お墓やマンション販売、
宗教団体のありがたいお話、これらを断るような決まり文句で、拒絶してはいけないのかな。




そんな大人になれるのかな。


大丈夫か自分よ。