下り坂社会の途中にいる若者達がやってきました(最終回)

「ここのファーストフード店は、マイクをつけたおじいちゃんが一生懸命働いているよね。」

くちびるは言った。

ファーストフード店だが、1Fから3Fまでフロアがあるお店で、おじいさんはマイクで下から指示を受けているようだ。

とにかく一生懸命働いていた。

ただ、マイクの音を拾っているためか、おじいさんの声はとんでもなく大きいのだった。

同じ店舗を、同じ時間帯に利用すると言っていたメガネも、おじいさんの存在を知っていた。

「集中力を妨げるくらいデカい声だけどね。」


「確かにね。。」

苦笑いしながらくちびるは言った。

くちびるの苦笑いは、そのおじいさんの仕事ぶりにではなかった。

ここ最近の、メガネの言葉のトゲトゲしさに対してであった。


昨年からあーだこーだ、生き方について語っていた若輩者達が、今日も語り合っている。

だけど、メガネは昨年とは違った。

非常に活き活きとしていた。

そんなに未来が明るく見えるのであれば、そのメガネを大量に作って被災地に支援物資として送りたい、くちびるは思った。

メガネは言った。

「俺は新しいビジネスにチャレンジする。なんでお前はそれを止めるんだ?」


くちびるは人の人生にケチをつけるつもりは無かった。

だけども、今日のメガネを止めることができなければ、一生後悔する気がしたのだ。

くちびるは、できるだけ受け入れようと、できるだけ論理的に話そうと。

無い知恵を必死に振り絞って、2時間。

話をした。

だが、話が始まってメガネの目を見た時点で気がついてしまった。

何かを「信じている」目だった。

何かを成し遂げる人の目はこんなんだろう。

登山家の栗城史多さんも、こんなまっすぐな目で数々のスポンサーを説得したに違いない。

栗城さんは、山頂の映像を生中継して、たくさんの人と共有したい。

そんな大きな夢があった。

メガネの、メガネの奥に光るその目がどこに向いているのか。

メガネが目指すビジネスとやらについてくちびるは聞きたかった。

「お前のやる仕事は、世の中にどんな影響を与えるのか?」

くちびるは聞いた。


メガネは答えた。

「まず、お金と時間が手に入る。後、一緒にビジネスをするチームが成長する」

くちびるは、全く回答になってないと思った。

そして、まだメガネはビジネスの根幹を知らないようにも思えた。

そして、メガネの明るい未来は自分とその周りだけで完結していて、世の中へ向いてないように思えた。

そして、その情熱は、メガネ自身から発生している熱量では無いのではないか?疑問がつきまとった。


人の人生に文句をつけることなんてできない。

くちびるは分かっていた。

人の価値観に口出しするのはやめる。

くちびるは自分の人生を振り返って、そうならないように心がけていたが、自分のやっている事が矛盾していることに気づいた。


メガネが言う。

「始める前から、成功するなんて保証のあるものはないじゃないか。俺は一歩を踏み出す。お前は何も動けてないんじゃないか?」


くちびるは、どっかで叩き込まれたような常套句だな、と思いながらも、最後の一言が今の自分に突きつけられて苦しかった。


「これ下げて大丈夫ですか??」

僕のカフェラテのコップを目標に定め、おじいさんがでかい声で言った。

「えぇ、どうぞ。。。」

くちびるが言った。

「ありがとうございまーす」

メガネが言った。

そのお礼すら、くちびるは信じられなかった。



あまりに無力。
くちびるは自分ではどうしようも無い現実を痛感した。


埒があかないので店を出た。

0時を回った街はとても静かだった。

ファーストフード店も牛丼屋も。

営業しているのに節電ということで、照明が落ちていた。

くちびるは、一ヶ月前の明るい街並みも、一ヶ月前のメガネも、何回も見てきたはずなのに、もう思い出せなかった。



くちびるは家に帰って、初めて酒を飲んだ。「ヤケ酒」というやつだ。

会社の偉い人に連れて行ってもらったお店の、普通なのに、とんでもなく高い値段がついた富乃宝山
ボトルをもらって飾ってあったのだ。


「うめえー!」

くちびるは大嘘をついた。
大嘘は独り言にすぐさま姿を変えて、ボロアパートに響いた。
酔いに任せてベットに突っ伏した。

くちびるは今日が自分の転機になるような気がしてならなかった。

そして、メガネと会うことは、もう無いかもしれない。
そう思ってちょっと悲しくなった。