それでも僕らは岡村隆史を応援してしまう

だいぶ前にこの記事を読んで。

岡村不在でも"めちゃイケ"人気の秘密とイマイチパッとしない"はねトビ"の格差
http://:title=http://www.menscyzo.com/2010/11/post_1953.html


僕はめちゃイケ世代です。
どういう定義があるのか、わかりませんが。
13年前からめちゃイケがゴールデンで始まったと、記事ではあるから、
小学生高学年〜中・高校生の間に見ていたという事かな。

とにかく、1番面白い時のめちゃイケ、特にオファーシリーズはすごく印象深くて影響を受けていた。
岡村さんの突飛な行動が、全てアドリブなんじゃないかと信じて楽しめた年齢であったというのも大きかったけど、彼の努力する姿を見れたのが何よりも勇気になった気がする。



先ほどの記事は、めちゃイケの兄弟番組、「はねるのトビラ」が如何に伸び悩んでいるかを指摘している話。
まあ、はねトビメンバーがどうこうってのは(芸能関係者)がコメントしていて、よくわからないので置いといて。

僕が気になったのは、「めちゃイケ」について書かれている下記部分。
 

世間にどこまで浸透しているかは分からないが、業界には"めちゃイケ信者"という言葉がある。
簡単にいえば、めちゃイケという番組をとてつもなく愛し、あたかも自分がその一員であるかのように錯覚し、育った世代のことだ。
そして、そんな信者がもっとも多くいるのが、当然のことかもしれないが、まだデビューも出来ないような若手の芸人たちだ。

「イマドキの芸人を目指す若い子の動機は"めちゃイケが好きで"というものが圧倒的です。
どんな世代にも、漫才世代とか、とんねるず世代とか、ごっつ世代とか言われるものがあるのでしょうが、めちゃイケ世代に関しては、その割合がかなり高いですよ。

きっとそれは番組の構成に原因があると思うんです。
基本的にめちゃイケというのは、エースの岡村を後方支援するその他の出演陣という形で構成されてます。
だから、見ている自分もその後方部隊の一人になりやすいんじゃないでしょうかね。
先陣で戦っている岡村を支援する補給部隊の一員のようなね。
そういう錯覚が、めちゃイケの人気を支え、また、めちゃイケ教の根幹を成しているのだと思います」(放送作家)

この文章も(放送作家)さんが言っていらっしゃるので、なんとも言えませんが・・・

今時のお笑いを目指す若者達は「めちゃイケ信者」と揶揄されている。
これはつまり・・・

めちゃイケを見て育ってきた世代は、主人公(岡村隆史)の補給部隊の一員として成り下がっても、その役割で満足なカリスマ性が無い奴らなんだぜ!

これくらいのニュアンスはある程度(放送作家)さんは含まれていると思う。ここまで言ってないけど。
何だか悔しいけど、当たってる気もする。
みんなで主人公を支えていく美学のようなものが、めちゃイケには確かにあるのかもしれない。


昨年行われためちゃイケ新メンバーオーディションで、漫画ワンピースの作者の方が、
キャラになぞらえて絵を起こしていた。

この時は主人公ルフィは岡村さんではなく、矢部さんであった。
岡村さんは主人公ルフィを乗せて進む、もっと大きな存在「オカレモン号」だったのだ。

「みんなで頑張って、岡村隆史を笑いという目的地へ前進させる。」

これは上の記事に出ていた、岡村隆史とその後方支援部隊というめちゃイケの構図と非常に似ている。
少年ジャンプ特有な構図かもしれないけど。
ワンピースとめちゃイケは似た構図だからこそ、なぞらえたキャラクターに違和感が無いのかもしれない。



ワンピースは言うまでも無く、バカ売れしている人気マンガである。
めちゃイケも10年以上ゴールデンで続く人気番組である。
若い人達がこの構図に入り込みやすいという事は、事実なのだろう。

堀江氏著書「君がオヤジになる前に」を読んで、そんな構図へ疑問を抱いてしまったんだ。

今の若者は将来の不安を抱えて生きていると言われている。
この本では25歳・28歳・32歳・35歳、そして堀江氏の今の年齢、38歳までその世代に向けてのメッセージが詰まっている。

小説は読むなとか、龍馬伝武市半平太の切腹シーンが長すぎるとか。
キャバクラのお姉ちゃんにブチ切れたとか、パンツは自分で選べとか。
めちゃくちゃな結婚論とか。堀江氏特有の切り口で進めて行く。

色んなことを言っているけど、まとめると、前書きにあったこの文書がテーマとなる。

停滞する経済と閉塞感に満ちた社会システムの中で抱えざるを得ない未来への漠然とした不安は、あらゆる面で彼ら(オヤジたち)を保守的にする。この傾向にストップをかけたいというのが本書における僕の思いだ。
まえがきより

古い社会システムの中で、何も考えずにそれを当たり前と考えて生きていると、
若者もすぐ「オヤジになる」ハメになるよ!

堀江氏はそんな事を言いたいのかもしれない。

詳しくは下記ブログでまとめられてます。
ホリエモンが教えてくれる、オヤジになる前に知っておくべき5つの心構え - 439 君がオヤジになる前に
http://foo164.livedoor.biz/archives/51196897.html



では、もし人生がワンピースのような、船に乗って宝を目指すストーリーだとしたら・・・


  • 企業のサラリーマン


大きな企業の船にはたくさんの船員が詰まっている。
22才〜60才までが大半を占める。

そこいる中堅〜ベテラン社員は堀江氏が言うような、「オヤジたち」である。
会社の製品が市場での優位性があり、それを売りまくり後方支援して行く事で、十分に満足を得られた世代の人達である。
宝も、やりがいもある程度は手に入れられた。

今までの仕組みや制度が成功していて、それが間違っているとは思っていない。
幸せだと思う。

そういう「オヤジたち」とお酒を飲むと、「あの頃は良かった話」でバブルとやらを振り返るのだ。
幸せだと思う。

時代もあるし、これはある程度しょうがないと思う。
けれども、若い20代や30代の人でも「オヤジたち」になりかけている人はいっぱいいる。

どちらかと言うと、今の旧式の船に乗っているだけで精一杯だから、考える余裕が無いと言った感じか。

船が旧式でこのままじゃ沈んじゃうかもしれない。
大学で学んできた事、経験した事なんてほとんど役に立たないし、のんびりOJTなんてやってられない状況。
そんな中で今までと同じ方法で修理をする。

「オヤジたち」の成功体験を聞いて、一生懸命作業するんだ。
俺の若い頃だったらな!・・・と訳の分からない比較され、説教されつつ。

10年前・20年前とそこまで仕事が変わってないケースもあるだろう。
そもそもこの船が進んでいる方向が合っているのかもわからない。
だけど、自分は船の修理をして方位磁石を見ても何もできない。
今日も残業し、疲れ果てて眠るのだろう。


こういう厳しい時代やだよね、なんて愚痴を良いながらチームで戦うのもなんだかんだ楽しい。
あーどっかに宝落ちてねえかなあ。
船から落ちたら、誰かしら助けてくれるはずだし安心。


やってる事つまんねえけど、時代も時代だしさ。ほら、船にすら乗れない学生も最近じゃ多いらしいし。なんだかんだで船は沈まないように頑張ってるし、俺、仕事できてんじゃね??


って、これ今の自分じゃん。。。


だけど船が沈んじゃったら、他の船に受け入れてもらえるのだろうか?
もしくは、じゃあ自分で船作ってやっていこう!と思っても、


「俺?主人公なんて無理無理!だって船の傷んだ所を直す、後方支援しかやったことないもん。」


って、これ未来の自分じゃん。。。



堀江氏の描くオヤジにならない人のストーリーには、命をかけて共に戦うような仲間がそんなに必要ない。
主人公一人で結構解決できちゃう。

俺が主人公。俺が岡村。俺がルフィ。

仲間に対してのスタンスは・・・

「たまに俺の船来てよ。君こういう仕事、得意でしょ?
この案件が片付いたら、また自分の船戻っていいから。君がピンチのときは俺も行くから。」

そんなノリ(あくまでも雰囲気での解釈すが・・・)。

じゃあチームに守られなかったら、船や仲間がいなかったら、大海原に放りだされた時、
だれが助けてくれるのだろうか??

堀江氏だったら・・・

通信手段を使い溺れない方法を事前に調べ、リスクヘッジをする。
もしピンチになれば、遠くの船のそんなに繋がってない仲間(場合によっては会った事も無いような人かもしれない)に助けを求めて、共有知によって解決する。

それは非常に孤独のようだが、これからの時代は1人で効率的にできてしまう。
苦しみを分かち合う仲間や、何百何千の組織を率いなくても戦えるというわけ。


堀江氏のストーリー、そこには、めちゃイケの後方支援に徹するという美学がない。


時に何でも一人でできるのではないか?という勇気をくれて、
時に全てを背負い込まなくては行けない!という覚悟を求められる。

それは「個で勝負できる時代」になったという事なんだろう。

一見すると希薄だけども、非常に効率的で、みんながそれぞれ主人公。
一つのストーリーに飲み込まれるという概念自体がないんじゃないか。


仲間の長所、短所を理解し、苦しみを分かち合いながらも、助け合い成長して行くストーリー。
確かに最初の記事にあったように、後方支援で主人公を助けて行く構図なんだろう。

昨年、主人公が倒れてしまった。
岡村さんが倒れた時に、新メンバーオーディションが行われたが、新たな主人公は現れなかった。

視聴者側が自己を重ねる事ができる若い仲間達を増やす事で(素人まで動員して)、岡村隆史とその支援部隊という構図を守り続けたのである。*1


10年前はその構図だけで、勝負していたのかもしれない。

でも今は、僕らが見ていた10年前のめちゃイケとは違う。


矢部さんがサッカー番組を持ち

加藤さんが朝の顔となっていて

浜口さんが海に潜り

有野さんがゲームの仕事で稼ぎ

光浦さんが女芸人としての地位を確立し

大久保さんがめちゃイケ以外でもテレビに出て

紗理奈さんがレゲエで活躍し

雛形さんが水戸黄門に抜擢され

武田さんが安定した活躍を見せている*2



僕は13年前にそんな事予想だにしなかった。

今やそれぞれが主人公なのだ。


それぞれの個があって、めちゃイケという船に乗ったときだけ、主人公の後方支援として機能する。

そういった背景を見ながら、めちゃイケは楽しめるようになった。

これは堀江氏が描く構図に、めちゃイケが近づいていっている。という事かもしれない。


昨日放送のめちゃイケでは、VS嵐のパロディ、VS隆史という事で新メンバーと対決していた。
企画内容は新メンバー7人を相手に、隆史(岡村隆史)が戦うというものだ。
文字だけで見ると、新メンバーが活躍する内容のようだけど、基本は岡村さんが主人公という構図だった。

めちゃイケ新メンバーは岡村が戻ってきたら要らないとネットで書き込まれていた、と岡村さんがネタで言っていた。

だけど、まだ後方支援の域を出ない新メンバーはめちゃイケの構図でこそ、輝くはず。
旧メンバーは極論を言うと、もうこの構図に乗っかる必要性は無いのかもしれない。*3



僕は企業という1つの船で、仲間と共に戦う楽しさと辛さを学んでいる。
船の中で役割を全うするというのは、実に日本人らしい誠実さ、みたいなものはある。
だけど、それに見合うだけの宝・・・お金もやりがいも。
これからの時代は、以前に比べると手に入りづらくなっていくのだろう。

これからの若者は、働くということに、就職活動に、もっと根本的には教育に。
常に疑問を持ち続けて、自由にシフトしていかないといけないのだろう。
大人達は、制度自体を見直さないといけないのだろう。



せっかくだから、色んな船に乗る機会があるこの時代を楽しみたい。
僕は船の修理だけじゃなく、船首に立つ主人公になりたい。

あの船に乗っていました、という自己紹介じゃなくて、
もっと自分が主人公のストーリーを語れるようになりたい。


個で勝負できる時代に、何ができるのだろうか?
堀江氏の言う通りで、現状に満足し思考を止めるなんてもったいない。
いつか、1つの会社で一生を終えるなんて考えもしない時代がくるかもしれない。


だけど、めちゃイケの構図。
誰かの支援に徹する美学は、日本人に宿っているはず。
岡村さんのために、会社のために。
それはそれで素晴らしいものだ。
これは間違いないと思う。

だから僕らはめちゃイケの構図が好きなんだ。
お年寄りが勧善懲悪の水戸黄門のパターンに、ほっと一息つくのと、もはや同じなのかもしれない。

いつの時代も、僕らは頑張る岡村隆史をやっぱり応援したくなってしまうのだ。

*1:考えてみると素人の三中元克さんの存在自体が「めちゃイケ信者」そのもの。
構図に引き込ませるための巧妙な、最も効果的な仕掛けだったのかもしれない。

*2:多分、僕の武田真治さん知識が圧倒的に足りないだけなんだと思う。

*3:既に実力のあるジャルジャルも何か浮いちゃうかも。。。