下り坂社会の途中にいる若者達がやってきました


20代半ばの男2人が、中華屋で語り合う。
くちびるとメガネの、売れない若手芸人のようなスーツの男2人だ。
若手芸人が話すトークの何倍も面白くもなんともない、浅い話をしている。

「絵に描いたような幸せが無い今、俺らはどうするべきなんだろ。」

メガネが始めた。
この二人で飲むと、すぐにこういう話になるのを、くちびるは知っていた。

くちびるは言った。

クレヨンしんちゃんのパパって今の社会では相当な勝ち組なんだって。
春日部で一軒家持ってて、みさえは専業主婦でさ。子どもは2人いる。
そういった家族のモデルは10年以上前は当たり前だったんだけど、今は多くの人が共有できない事になってるんだってさ」

最近のくちびるのトークは、はてなブックマークからの情報がほとんどのようだ。
語尾が伝聞で終わるのが多いのはそのせいだ。


「へー。確かにね」

メガネが言う。


メガネは色んな事に興味を持っているらしい。
その日もネットビジネスをやりたいと言っていた。
雇われるのではなく、経営者になりたいといっている。
だけども、特にアイディアをもっているとか、プランがあるとかではない。
自分がやりたい事がはっきりしない、
何となくのレールに乗って生きて来た自分を変えたいと思っているらしい。

メガネのあんなこといいな、できたらいいなトークは、のび太がドラえもんに頼む様な必死さはなかった。
あくまでも何となくなんだ。
今の若者像を表現しているようだ。
メガネには社会のレールに乗れる器用さはある。
それなりに能力もあるんだろう。
だが、人を動かす何か、特に経営者に求められる魅力は今はないだろうな。と感じていた。
帰属するための教育を受けてきた、正当な結果なのかな。
くちびるは自分はそうならないように、と思っていたが、メガネと同じ状態である事を再認識した。


「何となくのレールに乗っていることに、疑問を持ってなさそうな人がうちの会社に多いよね」


メガネは言った。
それまでの、メガネの話はあまりうなずけるものではなかったが、その意見についてはくちびるも同感であった。


「俺はさ、やっぱり、人の心を動かすような仕事がしたいんだ。」

社会人として3年働いて少しは社会を知ったはずのくちびるが、社会をまだ知らない就活生が面接で夢を語る様な内容で始めた。
店の隅に追いやられた事で言いやすかったのかもしれない。


「さっきお前も言ってたけどさ、絵に描いたような幸せの形が見えないような、こんな時代に何をやりたいの?
価値観が多様化して、多くの他人を感動に導くなんて難しいよ。」


メガネが聞く。
くちびるは考えながら続ける。


「こんな時代だからこそ、のあるあるネタになっちゃうかな。
なんというか、こうやって生きるべき!とか明確な指標が無い中で、俺らってこんな世代だよね、しょうがないじゃない。
ってな感じかな。マイナスだけど、そういう要素はあるべきだと思ってる。
後は、1人じゃないってことを柔らかく感じたいな、今の俺は。
色んな人が生きていて、ちゃんとドラマがある。
人生には、俺は神様なんて信じないけど、アニメに出てくる様な神様がいて、絶対評価の通信簿をつけられる。
今の若い人って大半がそういう感覚なんじゃないかな。
絶対的に信じれるものはない、神様とか信じないけど、墓を蹴っ飛ばしたらバチがあたると思っているような。
そんな中で、どういう風に生きて行こうかと、問いかける様な。
そういったものが、今の時代には必要な気がする。
そんな仕事に・・・携われれば良いなあ」


くちびるはゆっくりと言葉を選びながら、話した。
話したと言っても、自分の本心なんて半分くらいしか話していないだろう。
そんな大それた事の発信者になりたいなんて、夢があまりにも大きすぎて、言えないのだ。


「そうかー」

メガネは腕をくみながら言った。
自分の目標を思い浮かべているメガネは、くちびるの話を聞き終わると、自分の方向性についてを考え始めているようだ。
メガネは酔っていた事もあって、この話を早く忘れてくれるかな。
くちびるは一人願った。



くちびるは帰りの電車で、思い出していた。
最近読んだ、THE21で「下り坂社会の若者欲望論」という何とも言えないテーマで
精神科医の香山リカ氏と東大卒住職の小池龍之介氏が対談をしていたのだ。

すべてを手に入れたいという現代の女性像を香山氏があげて、欲深くならないためには
どうすれば良いかという考え方を仏教の視点?で小池氏が答えるという部分が印象的だった。

THE 21 (ざ・にじゅういち) 2010年 08月号 [雑誌]

THE 21 (ざ・にじゅういち) 2010年 08月号 [雑誌]

香山リカ
20台半ばの女性読者数人と対談する機会があったという。
全員東京在住の、正社員で働くシングル女性なんですけどね
話を聞いてみたら、「結婚相手は年収一千万以上じゃなきゃイヤ」なんて
誰も言わないし、自分自身も起業したいとか、目立ちたいなんてことは一切ない。
結婚しても仕事が続けられればいいし、夫は家事や育児に協力的な人ならそれでいい。
バブル期のようなギラギラした感じはないわけです。
でも彼女らは本当に欲がないのかといえば、そうでもない。
私世代なら、たとえば「仕事で頑張りたいから、結婚や子供をあきらめるわ」
というある種の潔さがあった。
ところがいまの二十代は、そこそこでいいけど、全てが欲しい。
「欲がないんです」といいながら、仕事・家庭・子供のどれでも一つが欠けるのはイヤ。
その意味ではすごく欲深だと思います。


小池龍之介

仏教では瞑想で集中力を高めます。
心の表面を澄んだ湖のような状態に保つといってるのですが、「止観」の「止」の状態です。
その集中状態で自己観察をすることなんです。
自分が苦しんでいるときに「苦しんでる、苦しんでる・・・」
と五回くらい唱えてみるといいと思います。
すると心がちょっと落ち着くんです。
自分に言い聞かせてやれば、変な欲にとらわれることも少なくなる。
平静に慣れるので重大なタスクに取り組むときも失敗が減ってきます。
アベレージとして物事がうまくいきやすくなるといっても良いでしょう。
ものすごい成功や、ものすごい失敗はない代わりにほどほどの成功を積み重ねていけると思います。

電車に揺られながら、くちびるは横に座るメガネに言った。

「なあ、知ってる?この前、雑誌で読んだんだけどさ、香山リカと東大卒かなんかの坊さんの対談があってさ。
なんか、坊さんの本が売れてるらしいんだ。
そこでいわれるのは、こんな時代と社会情勢だからさ、「心のコントロール」で乗り切ろうよって話が結論なわけ。
いや、わかるよ。すげーわかるんだけどさ。
さっきと話がつながるけどさ、今の若者にとって、何だか嫌な時代だよな。」


「うーん」

くちびるが、メガネの方を振り返ると、眠りながら相槌を打っていた。


一人で一生懸命なくちびる。
それを見て、前に立っている40歳近いけどもバリバリの現役といった風貌のお姉さんが微笑んだ。
くちびるは少し恥ずかしくなった。

家に帰ると、ゆうパック遅延のお詫びがポストに投げ込まれていた。

別に遅延の被害にあっていない自分にすら詫び状を送るんだ。

郵便物が翌日に届くのが当たり前なこの国は、幸せなんだろうか。

くちびるは何ら答えがみつからないまま、ベッドに突っ伏した。