勝間和代氏が見た「ぼんやりした素敵な未来」と僕。

  • 「リア充」って何?そんなサラリーマンがデータとかソースとか無いけど、思ったこと。

リアルしかしらないただのサラリーマンが、最近、非リアルな「インターネット」に出会いました。
その世界はとても有益な情報と知識、それを披露する人材が溢れていて、
自分のような人間でも、簡単に繋がれる可能性がある事に興奮しています。

ブログを昔からちょこちょこやっていたんですが、「インターネット」という大きな存在に対する接し方が変わり始めています。

※それは個人的な目標がブログタイトルのように、間違った方向に行っているからかもしれないんですけど。


まず、twitterに出会い、iphone購入。
溢れんばかりの情報が入ってきました。

今まで知らなかったことを知れる喜びでもあるし、取捨選択しながら、自分の必要なものの
見極めをしていかなくてはという課題も生まれています。

そういった環境の変化にもまれる中、気になったキーワードがひとつ。

「リア充」
ネット見てると、よく出てくるキーワードだけども、どういうこと?

恋人 や友人付き合いに恵まれる、サークル 活動や飲み会 へ参加する、オタク 以外の趣味 を楽しむ、といった活動が「リア充 」的とされる。

2ちゃんねる の大学生 活板やVIP板 のような、ネット 上でヒマを持て余す人たちのたむろする場所で広まり認識 された概念 。(相対→ネト充・リア非充)
はてなキーワードより


なるほど。この言葉は2007年くらいから流行ったらしいけど、僕は知らなかったんだ。
これは=僕自身がネットを見ていない、つまり「リア充」であると言っても過言ではない事実だと思います。

さて、そんなサラリーマンです。
勝間和代vsひろゆき という議論が話題を読んでいるようで、書き起こしを読んでみました。
すごく興味深かったです。


あと2つ大きなテーマ(起業と幸福論)があったけど、今回はこちらの「ネットの匿名性」というテーマについて。

すごく大まかな括りだと、
リア充代表(勝間氏)vsネト充代表(ひろゆき氏)
という構図で議論が進んだと思います。そういう事で考えてみます。



こちらで分析されているように、この議論の勝ち負けで言ったら、勝間さんの負けなのかなあ。

風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る
http://d.hatena.ne.jp/ta26/20100505




下記の一幕からわかるように、勝間氏は
「リアルが素晴らしい、ネットが悪」
という側面だけを伝えて進めてしまっているように思われました。

勝:実際2ちゃんねるで非常に有益なスレッドもあって面白い議論もあれば、まさしくその、なんでしょう、鬱憤ばらしのための批判であるとか揚げ足取りであるようなスレッドもたくさんありますよね。それは正しいですか、認識として?

ひ:社会ってそんなもんじゃないですか? 居酒屋とか行ったらみんなそんな話しているじゃないですか。

勝:ただそれが、陰口が、ある程度インターネットは私は拡声器だと思っているので、いいことも悪いことも増強されますよね。

さかなの目
http://d.hatena.ne.jp/wt5/20100503


ひろゆきさんの返しは秀逸で(特に若者の幸福論について)、個人の感想のようにぼやきながらも、
しっかりと今の日本の若者(というか社会?)の心を代弁していました。すごいな。

今回、IPアドレスを開示して、個人を特定できる環境を作りたいという勝間氏の意図だけは伝わってきました。

何のために個人を特定するのか?高木広光氏のツイッターでの文字起こしに一番の意図が書いてありました。

勝間:実名ではないです。私が言っているのは、実名というよりは責任ある言論であるとか責任ある行動をどうやってインターネットの中である程度のルールをもって確保するよな環境を作りたいかということなんですが、(以下、YouTubeに出てたシーンへ)

HiromitsuTakagi
2010-05-04 17:16:19

togetter
http://togetter.com/li/18518

もっともな事を言ってますねえ。
だけど、具体的にその先何がしたいの?

匿名性だから誹謗中傷が起こるというマイナス要素のみの指摘?

ってのが大きな疑問でした。

これでは議論にならないかも・・・
ひろゆき氏に、もっと具体的なビジョンを提示する必要があったのかなあ。

  • 勝間氏が見た「ぼんやりとした素敵な未来」に共感してしまった僕

勝間氏が見た、ネットのルール決めをした先にある何か・・・
あんまり調べてないからわからないのですが、ここはる皆さんの中でどう解釈されているのでしょうか?

ビジネスやコミュニケーションを根本的に変えてしまえる可能性

僕はこれを勝間氏は伝えたかったのかなあと勝手に思ってます。いや、自分が思ってるからかもだけど。


ここで、冒頭に戻ります。

いわゆる「リア充」であったサラリーマンが、この事態に興味を持っているという事実。

リアルとネットがハッキリと区別されていた状態から、徐々に境界線は近付き始めていて、その時代の動きを今更ながら猛烈に感じているのです。


物事の発展は両者が歩み寄らなきゃ進まないでしょう。

ひろゆき氏のように、ネットは個人が好きなコミュニティに属して時には、リアルのはけ口としての機能もいるんだよってのはわかります。

だけども、ひろゆき良い事言ってるなあ、で終わったら今までどおりで、これ以上の発展は無いと思います。



勝間氏が具体的に言いたいことは、僕にはよくわかりませんでした。
タイトルにしてみた「ぼんやりとした素敵な未来」とは勝間氏が目指す理想系として勝手に名づけてしまいました。

僕は、この「ぼんやり感」が実に、非常にリアルだと感じました。

ネットの世界は情報の出所を「はっきりと」示さないといけない雰囲気がありますよね。
情報の信憑性が必要ですし。

でもリアルな世界では、「ぼんやり感」で意外に話が進む可能性はあると思います。

だからただのサラリーマンとしては、どっち派とかはぜんぜんなくて、
勝間氏に乗っかったほうが、面白い未来を見れるのかなあ、と感じました。


リアルがネットを吸収していくのか、はたまたその逆かはわかりませんが、
こういう議論をリアルタイムで追えるのは、ラッキーかもしれないと思った次第であります。