映画「ソラニン」を見て。何故浅野いにおがこんなに心を揺さぶるのか考えてみる。

映画を見てきましたよ。一人で。

とてもよかった!

マンガでの作品の空気感が、映画でも見事に表現されていました。

そこで大仏が思ったのは、何故、浅野いにお(以下敬称略)にこんなに惹かれてしまうのかということ。

いつもとは雰囲気を変えて、簡単に考えてみました。


浅野いにおとは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E9%87%8E%E3%81%84%E3%81%AB%E3%81%8A


とは言っても、全部考えるなんて無理!

1.教えて!名越先生!

ダ・ヴィンチ 2010年 05月号 [雑誌]ダ・ヴィンチ 2010年 05月号 [雑誌]
(2010/04/06)
不明

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今月のダヴィンチが浅野いにお特集でした。
そこで、グータンでおなじみ。スクエアの中のスクエアなメガネを愛用されている
心理学に精通されている名越先生が分析してくれています。


まず言及しているのが、浅野いにおは1980年生まれということ。
未来に希望が無いと意識付けられている世代なんだそうだ。

ちなみに浅野いにおゼロ年代カルチャーの重要な漫画家*1らしい。

ん?ゼロ年代って何だろう。ちょっと寄り道してしらべてみる。

2.ゼロ年代カルチャーとは

ネットで見ていたら日経BP過去記事がわかりやすかった。

ゼロ年代の想像力』で90年代を葬ろう〜「なにもしてくれない社会」で豊かに楽しく生きる方法
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080909/169977/

・90年代カルチャー

本書によれば、90年代後半は「戦後史上もっとも社会的自己実現への信頼が低下した時代として位置づけられる」
すなわち1995年あたりを境に、「がんばれば豊かになれる」世の中から「がんばっても、豊かになれない」世の中へ移行した。同時に、生きる「意味」や「価値」も見出すことが難しくなった。

1995年といえば、オウム真理教による地下鉄サリン事件阪神大震災が起こった年だ。
さらに、長きにわたる平成不況や就職氷河期が始まろうとしていた時期でもある。

なるほど。ちなみに僕は1984年生まれで何となくもの心ついたころだな。
戦後市場最も、自己実現が低下した時代だったのか。

つまり、浅野いにおもこの時期15歳くらい。青春時代前半を過ごした事になる。
名越先生が言ってることは間違ってないってことね。

あと、エヴァンゲリオン碇シンジは90年代カルチャーの代表的キャラクターなんだって。

「エヴァ」が従来のロボットアニメと異なるのは、主人公がロボットを操縦する「意味」をまったく見出せない点にある。
物語のなかで主人公の碇シンジは、
〈「エヴァ」に乗ることを拒否して、その内面に引きこもり、社会的自己実現ではなく、自己像を無条件に承認してくれる存在を求めるようになる〉。
 つまり、碇シンジは、がんばる「意味」がわからないから、引きこもって何もしたがらない。

〈「引きこもり/心理主義」的傾向とその結果出力された「〜しない」という倫理。この二大特徴が私の指摘する「古い想像力」である〉


つまり、90年代は 外部からわかってもらえない→引きこもる→何もしない という流れ。
もっと、深く追求しなきゃいけない面もあるけど、確かにそういう要素はある。


じゃあゼロ年代ってどうなの?

ゼロ年代カルチャー


〈簡易に表現すれば、二〇〇一年九月十一日のアメリカ同時多発テロ小泉純一郎による一連のネオリベラリズム的な「構造改革路線」、
それに伴う「格差社会」意識の浸透などによって、九〇年代後半のように「引きこもって」いると殺されてしまう(生き残れない)という、
ある種の「サヴァイブ感覚」とも言うべき感覚が社会に広く共有されはじめた〉からである。

「自己責任」を強く求める世の中では、うかうかと「何も選択しない」でいたら、生き残ることはできない。
また、そもそも引きこもること自体が、何かを選択することだ。よって、〈「何も選択しない」という立場が論理的に成立しないのだ〉。

おお、これがゼロ年代の考え方なのね。
頭の悪い僕から言わせりゃ、全然簡易に表現されてないけど。
確かに、得も知れぬ危機感があった。
だから、就職活動も安定した大企業を望む学生が多かったな。僕も含め。

浅野いにおはこの時期20歳くらい。
何も選択しない→何かをやっていかなくてはならない
こう聞くと前向きだけど、そういう時代の流れと若者の葛藤。
そういった感性を、見事に表現している。

3.続きを教えて!名越先生!

簡単にまとめてみる。


・キャラの内面とストーリー
浅野いにおのマンガに出てくる主人公は皆、どこかしら満たされていなく、内部に吐き気を感じているという。

ストーリーの中で、外部を作り出そうという営為が必ず行われる。
アイデンティティを見つけるために。内面を吐き出して楽になるために。
でも主人公は失敗してしまう。
主人公は物語が終わっても全く同じ地点に立っていることも多い。
だけど、形は残らなくても、その志がいろんなモノに残っていく。

・読み手への余白
浅野いにお作品は、主人公がストーリーが終わっても、同じ位置にいることが多いが、
読み手が違う地点に立っている可能性を残している。

素敵なエンディングを物語で見せつけたら、自分はやらない。
理想は獲得するもの。読者に物語の余白を埋めさせる天才なのだ。

何だかとても、もっともらしいことを言っております。

読後感の心地よさ。物語は終わったけど、自分の人生の物語を
前向きに考えさせてくれる要素があるところに惹かれているのかも。


4.なんで浅野いにおが心に響くの?<

前の記事を鵜呑みにしちゃうと・・・

ゼロ年代は「サヴァイブ感覚」とやらが蔓延しているため、前を向いていかなくてはならない時代。

確かに、浅野いにおのマンガに出てくるキャラクターは、「前を向かなくちゃいけない事をわかっている。」

碇シンジとは違うのは、何かしらのアクションを起こすという点ということか。
それは大きなロボットを扱うとかじゃなくて、仕事をはじめるとか辞めるだとか、夢を諦めるだとかきわめて普通。

だけど、その普通さが、ゼロ年代を青春時代過ごして来た世代に、びんびんにヒットする。


理想と現実、どっちをとるか悩むのはいつの時代にもあったのだろうけども、
ゼロ年代が背負っているネガティブさ、一言で言うと「あきらめ感」とでもいえるかな。

そんなリアルな感情を、登場人物がみんな持っている。

そして、その感情は物語が変わるときに、少し前向きになって、
読者にその先の感情を考えさせる
きっかけになるんだ。

リアルな描写で、若者、街並み、風景と一体化していく。

だからこそ感情が移入できるのかな。


だけど、形は残らなくても、その志がいろんなモノに残っていく。

僕は名越先生のこの分析がすき。

浅野いにお作品のこんな部分で助けられる人は多いと思う。

生きている意味を知れる瞬間ってなかなかないですよね。



ダラダラとまとまりなく書いてきましたが、何となく惹かれる理由がわかったんだ。


とにかく浅野いにお作品には勇気をもらえることは確かです。
 


ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)
(2005/12/05)
浅野 いにお

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名作です



*1 銀杏BOYS峯田和伸ゼロ年代のアーティストらしい。

「僕たちは世界を変えることができない」というタイトルの曲があるが、
それは「世界を変えられるぜ!」と謳うよりも、この時代ではよほど強さを感じれる気がする。
僕はこういう感性を持ち続ける以上、ゼロ年代カルチャーにまんまと収まっている。